このシャトーは、18世紀にゴルス家によって創立され、当時はシャトー名も「ゴルス」と名乗っていた。広い敷地でのブドウ栽培も順調で、1855年のワイン格付けでは、当時の相場により2級シャトーに格付けされた。
1833年、“ブドウ畑のナポレオン”との異名を持つブラーヌ男爵は、「ブラーヌ・ムートン(現在の【ムートン・ロートシルト】)」を売却後、カントナックを購入する。ブドウ栽培のパイオニアであった彼は、この土地の良さを見極め、その将来性の高さを見越していたのだ。1838年、ここをシャトーブラーヌ・カントナックと名付けた。
1866年、シャトー【ディッサン】の所有者でもあるロイ家に売却された後も、シャトーは繁栄し続けた。1914年には、1級シャトーと同等の売価となり、長い間“2級の中では最上位”と言われ続けることになる。
1920年、シャトー【マルゴー】【ジスクール】【ラグランジュ】などの所有者でもある「グラン・クリュ・ドゥ・フランス(仲買人やブドウ栽培者の企業連合)」が、このシャトーの所有者となった。
1925年、レオンス・レキャペとその娘の夫フランソワ・リュルトンは、ブラーヌ・カントナックの全てとシャトー・マルゴーの大部分を手に入れ、1956年、フランソワの息子のリュシアン・リュルトンがブラーヌ・カントナックを相続した。彼はシャトーの名声を確固たるものとしながら、他にもいくつかのグラン・クリュクラスやブルジョワクラスのシャトーを購入していった。
ボルドーの象徴的な存在ともなった彼は、1992年に財産を10人の息子に相続した。その一人であるアンリがブラーヌ・カントナックを財産管理をすることになり、ヴィンテージの質やこの地方の特質を考慮に入れながら、今あるブドウを永続させるためにワイン醸造学の勉強に打ち込んだ。積極的に新しい技術も取り入れ、優良な土地の性質や製造機材の進歩もあり、より質の高いワインを作り出すための努力を続けている。