1722年、トーマス・バルトンは故郷アイルランドを離れ、事業を始めるために、当時大西洋の玄関口として大きな商業港であったボルドーへ移住する。そこで彼は、現在でも存在する卸売商のバルトン・アンド・ゲスティエ社を創設した。
バルトン家は、彼の孫ヒューの時代にさらに栄え、財産も増えていった。1821年、彼はシャトー・ランゴアを購入。1826年には、まだレオヴィルの敷地が分割された際に、その一部を購入する(それ以前は、「ラスカーズ」「ポワフェレ」、そして「バルトン」は一つのシャトーだった)。
その後、3世代が相次いでシャトーを相続したが、1902年にロンドンで生まれたロナルドの代には、フランスでの事業は大きく発展した。また、彼は2つの戦争の間もブドウ畑を無傷で守ることに成功し、シャトーの発展の礎を築いた人物となった。
1951年、アントニーがフランスに移住、1954年にバルトン・アンド・ゲスティエ社の所有権の50%をシーグラムグループが握ることになったが、1967年までアントニーは輸出部長として従事した。彼は1967年に、レ・ヴァン・ファン・アントニー・バルトン社を創立し、1983年にロナルドが亡くなった後、シャトーを引き継いだ。彼は娘のリリアンと一緒にバルトンの伝統を守り続けている。