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トップ > メドック地区 第3級のビンテージワイン > シャトー・カントナック・ブラウン[シャトーの歴史]
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シャトーの歴史 |
1754年、ボルドーのシャルトロンに住む騎士ジャック・ボイドは、カントナックの小教区にいくつかの土地(後にシャトーボイド・カントナックとカントナック・ブラウンとなる敷地)を購入し、ブドウ栽培をしていた。
1806年、イギリスの動物画家ジョン・ルイス・ブラウンがその地を購入する。イギリスのルネッサンス様式の城(チューダー様式)を建設するよう命じ、ワインやパーティ好きの彼は盛大なパーティを催していた。そして1843年、彼はグロマールという銀行家にシャトーを売却する。
1855年の格付けの際には彼が敷地を管理しており、“ボイド”の名で3級クラスに格付けされた。
1860年、畑は一部が、ボルドーの裕福な仲買人で、【レオヴィル・ポワフェレ】の他にいくつもの土地を所有していたアルマン・ラランドに売却される。彼は非常にエネルギッシュで積極的な人物で、シャトー購入後、すぐにブドウ畑の再植、貯蔵庫の現代化、ワイン醸造の向上やシャトーの改修などをを行う。また、シャトーをカントナック・ブラウンと名付たのも彼だった。
1935年、ラランド出身のエドゥワール・ロートン婦人は息子ジャンに所有権を譲り渡し、彼は1968年に、リュズの所有者ヴィヴィエ家にシャトーを譲った。戦前の恐慌に苦しめられていたため、この時にはそれほどブドウ畑も残っていない状態だった。しかし、新たにブドウを植えたり土地を購入したりと再興に努め、20年間でマルゴーに40haとボルドーに10haと、次第に畑を拡大していった。
1987年、カントナック・ブラウンはミディ社に売却され、貯蔵庫の改修が始まる。1989年、ミディ社とアクサの合併後、大々的に最新技術の導入やブドウ畑の改良が行われた。
そして現在、シリア系イギリス人のシモン・ハラビ氏へと売却され、新たにオーナーとなっている。
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