現在のシャトー・シャス・スプリーンの畑は、1560年にグレシエール氏がワイン生産を始めて以来、400年以上もの間ブドウ栽培が続けれてきた。
シャトー名は、2世紀の間「グレシエール」、1820年頃には「グラン・プジョー」と名乗っていた。しかし、相続問題が発生し、二つに分割。一方はグレシエール氏へ、もう一方は妹のカスタン夫人の手に渡った。この時にカスタン夫人が相続した畑が、後のシャトー・シャス・スプリーンとなる。
この名前は、フランスの有名な詩人シャルル・ボードレールが詠んだ「スプリーン」という題の詩からとったものだと言われており、後に、近隣に住んでいた画家のオディロン・ルダンが、その詩の絵を描いた。また1821年、ワイン愛好家のロード・ビロンがこのシャトーを訪れた際に、「憂鬱を取り除くには、このワイン以上のものはない」と語ったという記録が残されている。
カスタン家は、1909年までシャトー・シャス・スプリーンを所有していたが、後にブレームのドイツ人ワイン商社のセニッツに売却する。この会社の顧客に広く知られるようになった影響で、このワインの品質はヨーロッパで評判となっていった。
第一次大戦後、敵国だったドイツから畑が没収された。競売にかけられた結果、ラハリ家が落札、1976年にメルロー家へと売り渡された。現在はボルドーの大手ネゴシアン、タイヤングループが経営を行っている。