シャトー・カルボニューは百年戦争の最中に誕生した。当時は城塞の役目を果たしていたという歴史あるシャトーだが、19世紀の後半にフィロキセラによる被害を受けた頃から、長い苦悩の時代が始まる。
フィロキセラの被害が治まるやいなや、20世紀初頭のフランスでは過剰生産となり、1929年の経済ショックに陥いる。二度の世界大戦の間はブドウ畑を手入れする余裕など無かったため、他のボルドーの畑と同様に、戦後しばらくは苦悩の時期が続いた。
50年代の初めには、管理が行き届かないまままばらとなったブドウ畑は、2世紀前の60haから、わずか29haにまで減少していた。第一次大戦以来、シャトーの建物には人が住まない状態が続き、すっかり荒廃してしまった。
まだワインの売れ行きが悪い時期だったのだが、1956年、ぺラン家がシャトー・カルボニューを購入した。現在、同家は【ル・サルトル】【トゥール・レオニャン】【ボア・マルタン】【ラフォン・ムノー】【オー・ヴィニョー】の所有者にもなっている。
シャトー購入当初も決して経営が楽だった訳ではない。初めて迎えた1956年の冬には気温がマイナス20度にまで下がり、壊滅的な打撃を受けた。翌年からブドウの木の植え替えを始め、ようやく軌道に乗り始めたのは1962年からだった。しかし、市場は飽和状態で、売れ行きが思わしくない日々が続いた。
ようやく明るい兆しが見え始めたのは、1970年代に入ってからのことだった。徐々に経済が復興し、ワインの消費量も増加傾向となったのだ。1980年頃にはようやく経営も安定し、その後の10年間で、新しい畑に適した基礎構造が作られ、新しい発酵タンクの取り付けを行うなど、着実に前進を続けている。