“聖職者ではない者によるワイン作り”の先駆け
中世からフランス革命までの間、現在のシャトー・ラ・トゥール・オー・ブリオンの土地は、「ラ・トゥール・ド・ロスタン」や「ラ・トゥール・ド・エスキヴァン」という貴族の家系の領地の中にあった。中世には、“聖職者ではない者によるワイン作り”を開始したロスタン家が所有していた。
1540年、【ラトゥール】の領主ルイ・ド・ロスタンは、後の【ミッション・オー・ブリオン】の分地となるアレジェドゥイの畑も所有していた。18世紀の半ば、この貴族の家系の領地は、ギヨーム・ジョセフ・セージュのものとなる。
【オー・ブリオン】などと所有者は同じ
シャルル・コックによる「コックフェレ」の初版の中では、1850年以来、この畑が「ラ・トゥール・オー・ブリオン」と呼ばれているとされている。この時代に所有者だったカイロー兄弟は、名高い【オー・ブリオン】の名を、「ラトゥール(塔)」と結びつけた最初の人物だった。
1858年からの所有者ルイ・ウザックは、19世紀にシャトーの大改良を行った人物だ。特に邸宅・宿泊施設・2階建ての六角形の小さな塔の再建に取り組み、この塔は今なおシャトーの名の由来を物語ってくれている。
現在、シャトー・ラ・トゥール・オー・ブリオンは、【オー・ブリオン】【ミッション・オー・ブリオン】【ラヴィル・オー・ブリオン】と同様に、クラランス・ディロン社が所有している。