ワイン商として揺るぎない成功を収めたジャン・リュック・テュヌヴァンとムリエル・アンドローの二人は、次に“自分たちが本当に満足するワインを作り出す”ということに熱意を傾けていく。
1989年、二人は【パヴィ・マカン】と【ラ・クロット】の間の小谷に、わずか0.6haの畑を購入した。シャトーの名前は、「谷」を表す“ヴァル”と、1459年からサンテミリオンにある「アンドロー」の姓名からとって、シャトー・ヴァランドローと名付けられた。
その後、ジャン・リュック・テュヌヴァン夫妻は徐々に畑を広げていき、現在では8.9haを所有するまでに至っている。
シャトー・ヴァランドローは、サンテミリオンのアペラシオンの中でもそれぞれが異なる地質の畑をもっているため、その地質と複数の種類のブドウの木により4種類のワイン作りが可能となった。
しかし、2000年のワイン生産に向けて、侵食作用を防ぐために、彼は2ha分の土地にカバーを掛けた。しかしそれが原因となって、国立原産地名称研究所(INAO)より、サンテミリオンのグラン・クリュの名でワインを販売することが禁じられてしまうという事件も起こった。
プリムールでつけられた値段は、ボルドーの第1級クラスに近いものとなる。まさにシャトー・ヴァランドローの成功が“ガレージワイン”と呼ばれるワインを生み出したと言えるだろう。