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トップ > ソーテルヌ地区 特別1級のビンテージワイン > シャトー・ディケム[シャトーの歴史]
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シャトーの歴史 |
シャトー・ディケムの歴史は非常に古く、中世の頃にはイギリス国王が所有していた。その後、フランスとイギリスの間で100年戦争が起こった結果、1453年、フランス国王であるシャルル7世のものとなる。
その後も、国の所有物である時代が続いたが、1711年、代々シャトーの管理を任されてきたソヴァージュ家のレオン・ドゥ・ソヴァージュが、国から所有権を買い取ったことによりソヴァージュ家が単独のオーナーとなる。
ソヴァージュ家はこの地方の名家であり、1565年にシャルル9世がディケムのエステートを訪れた翌年、貴族に任命されていた。このソヴァージュ家がディケムの土地にブドウを植え始め、また現在の城館を建てたと言われている。
1785年、レオン・ドゥ・ソヴァージュの曾孫フランソワーズ・ジョセフィーヌ・ドゥ・ソヴァージュ・ディケムがルイ・アメデ・ドゥ・リュール・サリュース伯爵と結婚し、シャトーはリュール・サリュース家の所有となった。
現在に残されている資料では、1787年に、後のアメリカ大統領のトーマス・ジェファーソンがディケムを30ケース購入し、1790年にジョセフィーヌに宛てた手紙の中でもそのワインを絶賛しているという内容のものが残されている。
また1850年以降、ディケムのワインはますます人気が出て、コンスタンティン大公がディケムのワインを絶賛し1樽に2万フラン金貨を支払ったという記述や、明治天皇も定期的に購入していたという記述がある。
シャトー・ディケムは、1999年までリュール・サリュース家によって代々引き継がれていった。中でも特にワイン作りに興味を示したのが、ルイ・アマデとフランソワーズ・ジョセフィーヌの孫にあたるロマン・ベルトランドと、その孫にあたるベルトランドだった。ベルトランドは1968年まで在命していたが、その後はアレクサンドル・ドゥ・リュール・サリュースに引き継がれる。
1997年から、ルイ・ヴィトン・モエ・エ・ヘネシー・グループがシャトーの株を購入し始め、1999年にはついに筆頭株主となる。
シャトーの総責任者としてディケムに関わっていたアレクサンドルが引退し、2004年5月からは【シュヴァル・ブラン】の総責任者でもあるピエール・リュルトンが総責任者に任命され、現在に至っている。
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